ブログをお読みいただきありがとうございます。
お菓子教室スタジオジェンマの高橋教子です。
令和になった今日、生徒さまからお祝いのバルーンをいただきました。ありがとうございます。
スタジオジェンマは今年現在の場所東京都小平市で20周年を迎えたのです。
20年前と今では本当に色々なことが違いますよ~。思い出すとびっくりします。
元号が本日令和になったということがどのように自分に影響しているかわかりませんが、生徒さまからお祝いもいただき、長い年月やってきたなぁ…としみじみ。平成を振り返って思い出話を書いてみたくなりまして、書いています。
スタジオジェンマはどのようにして始めることになったのか、生徒さま募集はどのようにしたのか。
どんな20年間を送ってきたのか、そしてお菓子教室を始めるきっかけはどういうものだったのか、現在の環境は昔と全く違いますが、お読みいただいてる皆様がこれからどのような教室開業ストーリーを作られていくのかの参考になればと思いお話しさせていただきます。
▶お菓子作りを始めたきっかけ(子供のころ)
私は小学生のころから甘いものが大好きでした。(多分もっと小さいころからなんでしょうね。)
記憶にある一番最初のお菓子作りは「学研」のおまけ?なのかレシピが書いてあっただけなのか?あいまいですが、小学校4年生の時に作ったバレンタインデー用のチョコレート菓子。
確か作った丸いものを今でいうロリポップのような感じに竹串に刺した??あいまいですが。
母から聞くともっと小さいときから自分でシャービックを作ったり(若い方は知らないですかね?)
こんなのです↓ 何年食べてないだろう。見てたら食べたくなってきた(笑)
お湯で混ぜるだけのゼリーを作ったり…ゼリエースみたいなものとかね。
フルーチェやクールン作ったりしていたそうです。
記憶の隅にはあるんですけど何歳だったか覚えていません。なつかしい。
その学研のチョコレートのお菓子を作ったのがきっかけで、面白いなと思うようになったのかな。
私が見た初のレシピ本を買ってもらうことになりました。
こんな本です。もうボロボロ・・・でも捨てないけどね。
載っているオーブンの説明が「オーブン」ではなくて「天火」って。
「天火の選び方・使い方」だって。どんだけ古いんだか(笑)
写真の一番右のようなオーブントースターを大きくしたような電気オーブンを買ってもらって、
この本の中の特にスフレチーズケーをよく焼きました。よく失敗してめげたものです。
湯煎の湯が型の底から入ってしまうのが原因だったんですけどね。
気づかなかったんですよね。底が取れる型だということに(笑)
他にもいろいろ作って成功したり失敗したり。
でも、今みたいにレシピ本が豊富でもなく、ネット情報や動画なんてありませんから、
更に言うなら習いに行けるとこだって見つけられない時代です。
なので、作ってはいたけれど、中学生になるころには部活で忙しくなってお菓子作りは忘れていきました。
▶本格的にお菓子を習ってみようかなと思ったきっかけ(大人になってから)
あまり学業が好きではなかった私は、高校で家庭科系のものを多く選択していました。
そして大学は栄養士の資格が取れる学校に進み、そのままその大学の「調理研究室」というところの助手として働くことになりました。
調理研究室は栄養士になる生徒さんたちの調理実習の準備を行う部署で、外部の講師の先生は、日本調理、西洋料理、中華料理、洋菓子、和菓子など専門の先生が授業をしてくださり、それを全部見ることが出来たので、今となってはとてもいい環境にいたと思っています。
授業で余った材料で、まかないを作ることがよくあったのですが、働き始めて1年くらいたってからだと思いますが、洋菓子か西洋料理の授業の際にあまったクッキー生地(焼く前の生地ですね)で、私が何か作ることになったのです。
研究室の本棚に『島津睦子さん』の洋菓子レシピがありました。その中の一つを選んで作り始めたのですが・・・
クッキー生地がべとべとにくっついてしまって上手に伸ばせません。
方法を知らない私は先輩に助けを求め、作ってもらいました。
それがきっかけと言ってもよいと思います。お菓子作りならってみたいな。と。
掃除、日本料理の講師の先生がお菓子を習っているというのを聞いていたので、先生に相談してみたところ、先生が通っているお教室でよければご紹介いただけるとのこと。何もわからなかったので(PCやスマホもないですから調べる方法もないですしね。)お願いしまして通うことになりました。
思えばその時からなので、29年経ちます。
しばらくはその大学に勤めながら夕方6時からのレッスンに通っていました。
習いながらいろいろな方にプレゼントするようになりました。
喜んでもらえるのが嬉しくていろいろ作りましたがその頃は失敗作も多かった気がします。
▶お菓子教室をしたいと考え始めたきっかけ
数年習った頃、友達と一緒にお菓子を作ったことがあり、何かあると友人にお願いされて、できるときには作っていきました。
当時、やっと洋菓子研究家という名前が世間でも知られ始めて、
藤野真紀子さんとか加藤千恵さんとか。私の先生もその一人、柴川日出子さんと言います。
先生のところで習い始めて、美味しい材料やお菓子に出合い、作り方もたくさん学んで・・・
何といっても材料にこだわれるという、手作りの美味しさに触れました。
そんなお菓子がみんな自宅で作れたら・・・といつしか思うようになっていきました。
習い始めて7年くらいたった時、先生がお菓子の本を出版される時、撮影のお手伝いをさせていただく機会がありました。
お勤めをしていたので心配でしたが、職業柄夏休みというものが通常より長く、その期間に学ぶことが出来ました。
その時は何もわかりませんでしたが、レシピ本が出来ていくまでの勉強をさせていただきました。
これが私が最初にお手伝いさせていただいた本です。懐かしい。失敗だらけでしたけど💦
そんないろいろな体験をしているうちに自分で作るだけじゃなくて、私も教室が開けたらいいなぁ。
と漠然と思ったのだと思います。
▶洋菓子研究家柴川日出子先生に弟子入り
大学の仕事を10年務め、退職しようと思ったときに、柴川先生が教室の助手をしないかとお誘いくださいました。
当時の私はお料理の講師をしているくらいで、特にやめてからどこかに勤めるとか考えてなく、失業保険をもらいながら次を考えようくらいなものでしたので、家族などとも相談しましたが、お願いすることにしました。
その時には将来お菓子教室を開こうと思っていたように覚えています。
すると、趣味で作っているのとは違って、それはそれは厳しいものでした。(先生に怒られちゃうかな(笑))
今はその厳しさにとっても感謝しています。
当時の私は助手としては何もできず、毎日が試練のようでした。
家でもお菓子を作る練習をしたり、仕事の復習をしたり、結構毎日お菓子漬けでした。
その仕事の中で、コンビニデザートのマーケティングや開発のお手伝いをさせていただく機会がありました。
私が材料にこだわったり、化学的なことを考えたり、というのはこのころからのような気がします。
コンビニのマーケティングは妥協がなく、数百円でカップに入ったデザートなので、それなりだけれどもその中で、本当に美味しいものを目指していました。
この時の経験から、人気店のケーキを分析して似た配合を割り出してみたり、自分オリジナルのレシピ起こしも得意になりましたし、皆さまに今いろいろお伝えできる根本が備わったのではないかと思います。
どんどん興味を持って行ったので、東京都の菓子学園(夜間)に通うことにいたしました。
料理分野の学校出身だったので、お菓子を専門に習ってみたくなったので、。
先生のところで助手の仕事をしながらでしたので、夜の学校に通いました。
よく、当時の学校の仲間と話すのですが、昼働いて夜週4学校で・・・よく通えたね。って。
体力的に今ではできません(笑)
他にも短期留学をしたり、パティスリーのシェフが行う洋菓子講習会に参加したり、
とにかくいろいろ学べるものは学びました。
若くて今勉強ができる方は今必要ないと思うことでも勉強しておくことをお勧めします。
というのも、お菓子の勉強ももちろんですが、よい仲間に出会ったり、今後に影響をもたらしてくれる方にも出会えるかもしれないからです。
私はこの学校の同じ班の仲間が写真を習っていて、とてもきれいに撮っているのを見て、写真の先生を紹介していただきました。
まだデジカメはなく、一眼レフのフィルムカメラの時代でした。
現像するまで写真の出来が分からないのですから真剣です。写真の勉強も地道に続けています。
でもそのおかげで、写真のプロではありませんが、皆さまに写真の美味しそうに撮る撮り方を少しアドバイスすることが出来ます。
HPの写真もほとんど自分で撮影したものです。
何でも勉強していて損はありませんので、色々出かけてみてくださいね。
これは私の持論ですが、勉強にお金をかけた分は必ず自分に戻ってきます。
お金はまわるって言いますよね。社長さんとかビジネスで成功している人は必ずと言っていいほどそう言うので、そうなんでしょうね。
自分への投資と思って私はいろんなところに出かけるようにしています。
お金持ちではないですが、まわっているのかな・・・と思います(笑)
▶隣の駅の製菓材料店での講師が自宅教室開業のきっかけ
いつかは・・・と思っていても当時の私はどうやって教室開業していいかわかりません。
先生はビルのワンフロアでやっていましたから、最初からそんなスペースを借りるお金もないですし、
自宅教室なんて今のようにどこにでもあるという時代ではないのですから、想像もつきません。
そうこうしていると・・・これもご縁なのですが、先生のところに通っていた生徒さんのご友人が、小平駅(私の自宅のある駅)の隣の駅で、ラッピング材料や製菓材料を販売しているお店をやっていて、そこで月に一回お菓子教室をしてくれる先生を探しているとのことで、私はどうかとご縁をつないでくださいました。
早速店長さまに会いに行って講師を引き受けさせていただくことになりました。
最初はドキドキでしたね。
レッスンの予行練習をビデオをとって、どこが分かりづらいかとか勉強したものです。
数回レッスンをさせてもらうと、その中の生徒さんの2名の方が、もう少し回数を増やして教えていただけないかとのこと。
店長さんに相談しましたところ、お店での開催ではなく、私の自宅に来ていただいてレッスンすることになりました。
その2名の方が、私の自宅教室の最初の生徒さんなのです。20年前、2000年の出来事です。
▶自宅教室続けよう!宣伝して広げよう!と思ってから・・・
2名の生徒さんがずっと通ってくださっていましたが、まだ助手としてお勤めもしていましたので、自宅教室を広げようとは思っていませんでした。
最初2名だった生徒さんが徐々に4名に・・・となりましたが、1年間は4人の生徒さんに私も教える勉強をさせてもらいながら、生徒さんを増やさず続けました。
1年経った頃、口コミで他の生徒さんが教えてほしいというご連絡をきっかけに、せっかく教室を続けるのなら、外部に宣伝してみようかな。という気持ちになり、きちんとプログラムを組んで募集をしてみようかなという気持ちになりました。
さぁそれはいったいどうすればいいのでしょう?
いざ始めてみようと思っても何をすればいいのでしょう?
HPはありません。PCは一応ブラウン管みたいな大きいデスクトップがありましたが、SNSは普及していません。
あったのでしょうけどやっていません。そうです。お知らせするすべが今と違ってなかったのです。
考えた結果、近所のスーパーや銀行の掲示板にお菓子教室のチラシを貼らせていただくことにしました。
でもその頃HPという存在を知って私も作ってみようと思いました。
パソコンのことは全く知りません。
近所の自治会がやっているパソコンスクールに行ってみてそこの先生にHPを作りたいんですけど…と尋ねたら、こういうスクールで教えられるようなものではないからと親切にご自宅でマンツーマンのレッスンを組んでくださいました。
これもご縁だと思っています。
そして、HPとは・・・ということを仕組みから教わって、何かこんな風に作りたいという参考のページがあったら次回までに探してきてくださいと宿題をいただき、帰ります。
2週間後その参考ページをもっていくと、なるほど、こういう雰囲気にしたいなら写真が重要ですね。と・・・。
ページ作りは写真が用意できてからやりましょう。ということになりました。
私も参考ページを探しているときに思ったのですが、検索してページに行っても写真がきれいでないとそのページは見ないで次に行ってしまいます。本当に重要です。
このときが丁度写真教室を紹介していただいたきっかけだったのです。
そこから1年かけて写真を学び、きれいな画像をそろえて・・・パソコンを教えてもらった3回目は1年後でした。
宿題をするにに1年かかってしまいました(遅っ)
そうしてHPを作成することになるわけです・・・・
これが2002年のことです。
長くなってしまいましたので、HPを作るとき、作ってからの続きは後日書きたいと思います。
書いたらリンクを貼っておきます。
続きはこちらに書きました。ご覧ください
長い文章にお付き合いくださってありがとうございました。
スタジオジェンマ 高橋教子
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